デス・オーバチュア
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「黒き呪いの炎か……やっかいね……」 森の中、アリス・ファラウェイは黒のスーツケースを椅子代わりにして座っていた。 彼女の前には、黒い炎に包まれた人形が浮いている。 シルヴァーナの葬炎舞によって敗れた水妖の女帝の本当(人形として)の姿だった。 人形に戻しても、黒炎は消えることなく彼女を蝕み続けている。 「魔術でも魔法でもない呪術の類……でも、正当な呪術とも違う……怨念に基づく……純粋な想念だけの力……そういう意味では魔法……?」 水色人形を呪い続ける黒炎はあまりにも特種特異な力であり、アリスにも解除することはできなかった。 「……セシアに願わせる……のも無理か……聖水……ウチに残ってたかな? 並みの聖水じゃ無理よね……」 「ええ、並みじゃ駄目ね」 澄んだ女の声と抜刀の音。 次の瞬間、晴天の空から降り注いだ『雨』が、人形を包み込む黒炎を消火した。 「さてどうしたものかしら……?」 一人その場に取り残されたシルヴァーナは、今後の行動を決めかねていた。 『奧』へと引き込まれたクロスと入れ替わりに『表』へ出てしまったのは、彼女にとっても予定外なことだったのある。 クロスかセレスティナに代わってもらおうにも、二人とも『奧』に引っ込んだまま反応がまるでなかった。 「魔女捜し?……でも、今追うのは無理だし、無理でなくてもやめておくべきね……とりあえず、『師匠』の所にでも戻……!?」 突然、40mm(ミリメートル)程の小さな青い光球が、シルヴァーナの眼前に出現する。 シルヴァーナが反射的に飛び離れるのと、青い光球が弾けるのはまったくの同時だった。 青い閃光の爆発が地上を埋め尽くすかのように蹂躙する。 「……無茶苦茶な『挨拶』代わりね……」 閃光が晴れると、何もかも綺麗サッパリ吹き飛んだ地上に、一人の女性が立っていた。 暗い深紫の着物は裾が長く足下まであり、袖は長い振袖。 その上に、両肩と裾にフリルのついたメイドのような白いエプロンを羽織り、頭部にも同じくメイドのような白いヘッドドレスをしていた。 腹部には、黒い太帯が巻き付いてエプロンごと着物を締めている。 裾からチラリと覗く両足は、着物には恐ろしく不似合いな銀色の具足が、袖口からは銀色の籠手が覗いていた。 淡い金色の髪は柔らかくボリュームがあり、余裕で腰までの長さがある。 耳下で巻かれた黒いリボンによって束ねられた二房(左右)の髪が、胸の辺りまで垂れ下がっていた。 前髪はとても長く、左目は髪で覆われて隠されており、右目だけが静謐な青い輝きを放ち続けている。 「……いいえ、挨拶はちゃんとしますわよ。初めまして、クロスティーナ・カレン・ハイオールドさん……私の名は月黄泉(ツクヨミ)と申します……」 和メイドの少女……月黄泉は、遙か上空に浮いているシルヴァーナに対して、深々と頭を下げた。 「……なぜ、あたくし『達』の名を……? 」 厳密、正確にはクロスではなくシルヴァーナなのだが、流石にそのことまでには気づかない、あるはシルヴァーナの存在自体知らないのだろう。 「フフフッ、貴方は、御自分が思っているより、遙かに有名なのよ……」 月黄泉は、腰の帯に差した極東刀を流れるような動作で抜刀した。 鞘から抜き放たれた極東刀の刃は露を帯び、強い水気を発している。 「強い力の激突を感じて来てみれば……死神に続いて貴方に会えるとは……ここで出会ったのも何かの縁……一手、お手合わせ願えませんか?」 「ちょっと、死神って……」 「では、まずは私から参りますわ……浄(じょう)っ!」 いきなり眼前に現れた月黄泉が、雨の如く水を滴らせた刃を斬りつけてきた。 シルヴァーナは瞬時に、黒い極光の幕を展開する。 「あら?」 水の滴る刃は、シルヴァーナを包み込む極光の幕の表面を滑るように流れた。 「斉っ!」 シルヴァーナの周囲に無数の砲門が生まれるなり、一斉に銀光が解き放たれる。 無数の銀光が集束されるように月黄泉を貫いた。 いや、正しくは擦り抜けたと言うべきか。 銀光の集束点に居た月黄泉は残像であり、本物の月黄泉の姿はシルヴァーナの頭上にあった。 「こんな見え見えの残像に引っ掛かるとはね……」 刃が大量の水で滴り、美しく光り輝きながら、円月を描くかのようにゆっくりと前面で回わされていく。 「受けよ、処断の雨! 水聖驟雨(すいせいしゅうう)!」 月黄泉が刀を振り下ろした瞬間、雷鳴をともなった激しい雨がシルヴァーナに降り注いだ。 「くっ……呪が洗い流される……!?」 放たれた技(術)はただの豪雨のようで、あまり強力には見えない。 だが、シルヴァーナの極光に対しては恐ろしく効果的だった。 聖なる清らかな水が、怨讐の黒き呪い文字を凄まじい勢いで洗い流していく。 「……斉っ!」 シルヴァーナは極光の幕が完全に崩壊する前に、銀光の集中砲火を月黄泉に放った。 銀光の集中砲火を浴びた月黄泉が水が飛び散るように四散し、聖水の豪雨が止んだ。 「水の虚像!?」 「ええ、その通り」 月黄泉はシルヴァーナの目の前に出現するなり、半ば崩れている極光の幕に水の聖刀を叩きつける。 「ぐうぅっ……ああああああぁぁっ!?」 極光の幕を打ち砕かれたシルヴァーナは、地上へと墜落していった。 「全てのモノには相性があり、強さもまた様々なモノが存在する……」 アリス・ファラウェイは青いスーツケースを閉じた。 彼女の『姿』は、先程までセシアと共にあった時とは一変している。 黒いショートドレスは、黒地のチャイナドレスに切り替わり、リボン付きの長手袋は消滅し生手を晒していた。 チャイナドレスは半袖で、ミニスカートのように短いスカート丈で左右に深いスリットが入っている。 胸元には水滴のような切り抜きがあり、左胸の大きな赤い牡丹の刺繍と、赤い縁取りが黒地にアクセントを効かせていた。 「呪炎(じゅえん)を洗い流す聖水の太刀はまさに天敵……彼女にとって最悪の相性……」 金髪は結い上げられ、左右につけられたシニヨン(お団子)キャップの中に封じ込められている。 大きな赤いシニョンカップからは赤いリボンが伸びていて、風に揺れていた。 もみ上げというか、左右の髪が一房ずつ、腰のあたりまで細く垂れ下がっている。 「それに、どれだけ圧倒的な『火力(砲撃力)』を持とうと、彼女は体術……戦闘の素人……呪の幕が聖水に無効力されたら……剣士を剣の間合いに入れてしまったら……」 アリスは黒い羽扇子を広げると、口元を隠した。 「ジ・エンドね~」 おそらく、扇子の向こう側の口元は、意地悪く、悪戯っぽく笑っているに違いない。 「…………」 アリスの背後に控えていた蘭華(ランファ)が無言で、微かに足を浮かせているチャイナ少女の足下に中華風の靴を置いた。 「ん~」 チャイナ少女は靴を履き、大地をしっかりと踏みしめる。 「さてと……じゃあ、彼女達をお願いね、蘭華」 アリスの周囲には、赤、黒、青、白、黄……五つのスーツケースが散らばっていた。 目の前の青いスーツケースの上には、黒いてるてる坊主……もとい、黒いポンチョを着た浅葱色(青みをおびた薄い緑色)の髪を右肩で束ねて前に垂らした女の子(人形)が乗っている。 木の妖精姫、魅惑の魔相(まそう)ファネル・ファンネルの真実の姿(人形形態)だった。 アリスは、ファネル・ファンネル(人形)のポンチョの中に右手を突っ込む。 『……アリス様、今日はもう帰って休みませんか?』 「いいえ、せっかくだから、古い古い知人に会いに行きましょう」 指人形(パペット)のようにファネル・ファンネルを操り会話しながら、チャイナな魔女は森の中へ消えていった。 シルヴァーナは圧倒的に強い。 だが、リセットや月黄泉のような神速の剣士に間合いを詰められてしまうと、途端に脆さを露呈するのだ。 本来は、絶対無敵、絶対不可侵の極光の幕があるため、例え間合いを詰められてもすぐにやられることはないのだが、月黄泉の持つ聖刀『村雨(ムラサメ)』の前には無敵の幕はただの薄膜に過ぎない。 極光(呪い文字)の幕は、容易く切り裂かれて(洗い流されて)しまうのだ。 「確かに、村雨の力は脆弱で派手さもない……でも、貴方のような穢れの塊には絶大の強さを発揮できる……」 地上に降り立った月黄泉は、村雨を左腰の鞘へと収める。 「トドメは違う武器で刺してあげましょうか? それとも、今度こそ核爆で跡形もなく消し飛ばして……」 月黄泉はゆっくりとした足取りで、シルヴァーナの落下した地点を目指して歩いていった。 何を使って、どうやって、彼女にトドメを刺すか、愉しげに考えながら。 「剣で薙ぐか、斧で潰すか、鞭でしばくか……フフフッ、どれも捨てがたいわね……」 彼女が口元に浮かべた薄笑みは、とても十五歳の少女のものには見えない妖艶なものだった。 「ああ、いっそのこと加減して全部を試め……」 「静月(せいげつ)のファーストヒット!」 月黄泉の前に銀色の大きな『盾』が出現し、前触れなき襲撃者の拳を受け止める。 「ぐぅぅぅ……っ!?」 襲撃者は、黒い外衣のフードを深々と被った人物だった。 「貴方は!?」 フードから微かに覗くのは人の顔ではなく骨……髑髏(ドクロ)であり、外衣の左胸には青い文字で『捌』と刻まれている。 「その姿、確か……ガルディアとかいう北の……」 「ああああああああああっ!」 外衣から突きだされた無骨な『右手』は全て漆黒でできており、金属のようでも宝石のようでもあった。 そして、拳だけが月明かりのような淡い静かな輝きを放ち、銀色の盾を力強く押し続けている。 「……ちっ!」 舌打ちと共に、死神(黒い外衣の骸骨)は盾に弾かれように吹き飛んだ。 大地に着地した死神は、地を滑るようにして勢いを消して立ち止まる。 「いきなり、私に拳を向けるとは……一体どういう……」 「烈火のセカンドヒット!」 答える代わりに、死神は飛びかかり、赤く燃える炎を纏った右拳を突きつけてきた。 月黄泉を守り、姿を覆い隠す銀色の盾を避けることもなく、正面から拳を叩きつける。 「無駄よ、『月地(げっち)の守護』は絶対物理防御……物理攻撃は一切の例外なく無力……えっ?」 「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」 赤き拳の接触面を中心に、銀色の盾に小さなヒビが走った。 「おおおっ!」 死神は右拳を引くと同時に、左足で盾を蹴飛ばし、空高く舞い上がる。 「激流のサードヒットォォォッ!」 青い閃光を放つ右拳が急降下し、銀色の盾を一撃で『打ち砕い』た。 「そ……そんな……馬鹿なことが……」 月黄泉は目の前で起こった現実が受け入れられない。 神話の時代……いや、この『地上』がまだ生まれてすらない『刻』から、この銀色の盾が破壊されたことはただの一度たりともなかった。 「神剣か、星斬剣ならまだしも……たかが……」 たかが『拳』一つで破壊されるなど……ありえない! あってはならないことである。 「ふん、セブンズクリティカルを三発も撃たせるとはな……」 死神が漆黒の光沢の右手を眼前に持ってくると、ただの黒い手袋を填めた生身の右手へと変わった。 生身といっても、白い長手袋の上に、指を出す穴あきの黒い手袋を填めているようで、肌は一切見えない。 「セブン……クリティカル? 重大な七つ? 危機的? 決定的?」 まだ完全に現実を認められないながらも、月黄泉はなんとか冷静さを取り戻そうとしていた。 「好きに解釈するがいい、どれでも間違いではない……」 死神は、己が髑髏の面を右手で掴むと、一気に剥ぎ取る。 それと連動するように、『彼女』を包んでいた外衣が独りでにめくれていき、髑髏の面の中に吸い込まれるように消えていった。 「貴方は……」 体にピッチリとフィットした漆黒のボディスーツ。 その上に、肩当てのような純白のケープ、左右にスリットの入ったミニスカート、二の腕(肘と肩の間)までの長手袋、オーバーニーソックスをまるで全身鎧(甲冑)のパーツのように装着していた。 漆黒の上の純白の武装、さらに、白い長手袋には黒き穴あき手袋、白いオーバーニーソックスには黒ブーツが重ねられている。 白と黒、光と闇のコントラスト(対照、対比)が実に美しいコスチュームだった。 髪は神聖な輝きを放つ銀、瞳は冷たく透き通るような青。 ボリュームがある大量の銀髪を、両肩のあたりで黒ゴムで束ね、無造作に腰まで垂らしていた。 つまり、二房のおさげ(編んではいない)にしているのだが、後ろ髪は前に垂らしている以上に大量に残っており、背中を膝元近くまで余裕で埋め尽くしている。 よく見ると後ろ髪も、腰近くで黒ゴムで二房に束ねられていた。 「名乗りなさい……」 月黄泉は、いつでも抜刀できるように村雨の柄に右手を添える。 「堕神クライシス……いや、クリーシス・シニフィアンと名乗っておこう、トリビアガント(くだらない女神)のセレーネ?」 ガルディア十三騎の堕神は、口元に挑発的な微笑を浮かべた。 一言感想板 一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。 |